第32話 韓国での真鍮製鉄道模型作り、32年目にして思う事。


 日本から韓国へ観光旅行に行くならいざ知らず私はソウルの観光エリアにはここ15年以上近寄りもしていません。仕事の都合上でたまたま立ち寄ったのが最後です。ソウルの南西の端にあるATM社と近郊の下請け工場とATM社の直ぐ近くのホテルの間を行き来するのみです。ところがこのソウル近郊地域の変貌、発展振りのスピードには凄いものが有ります。日本は韓国に経済面で追い抜かれました。そして真鍮製鉄道模型メーカーはアナクロニズムに染まり滅びゆく手作り伝統工芸品工房の世界と化しています。
 ATM社の朴社長に帰りは何時も金浦空港まで送ってもらい航空券の発券の後、空港でお茶をしながら今後の事などを1時間、場合によっては2時間と話し合いをするのが常です。もうここ数年、円安が常態化してからは明るい内容の話は絶えて等しいです。今年3月の訪韓時はかなり深刻な話となりました。韓国ではあらゆるものの物価上昇が日本以上のインフレの中、下請け工場からの請求も大幅に上がってしまっている。人件費も同様。韓国では昔は模型メーカーに当たり前の様にいたオバサン達はついぞ見かけなくなりました。オバサン一人を雇うと日本円で月30万円は掛かります。残業等しようものなら…。
そしてそれらは当然のことながら製造原価、船積み価格の上昇となります。(一方プラ製品の値上がりは当店の比ではありません)また製品の高レベル化に伴い製作期間が長くなる一方でATM社、ムサシノモデル双方にとって経費も大きくなる一方です。勿論これにここ何年もの円安が大きく加わります。ムサシノモデルではあらゆる手立てを講じ小売価格の上昇を抑えてきました。問屋への大卸の取りやめ。無理を云って小売店への卸の掛け率のアップ等を行って来ました。それでも価格の上昇を抑える事が出来ず10年前と比べ粗利益は2/3へと減っています。いろいろと考える事が多いです。ATM社の朴社長も既に部品の仕込みが始まっているEF81に使用するロストワックス部品のこれからの支払い金額の大きさに頭を抱えていました。この問題を当面どう解決していくか話し合いになりました。先日図面のチェックを終わらせたDD51は一部部品の発注をはじめています。そしてとにかくDD51までは全力で仕事に取り組んで行こうという話になりました。朴社長曰くその先の事は現時点では考える事は出来ないと大げさではなく深刻な表情で話をしていました。私としてはEF64 1000まで当面の目標とし目指して行く上で、しかし2年後、3年後の社会状況が全く読み切れない中、どの様にこの仕事を継続させていくか、あらゆることを想定しています。
 
 

 

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