第27話 ED17/ED18の塗装についてのトリビア 2025.5.22

現在製作中のED17,ED18の塗装に付いてATM社から全タイプのカラー色刷りのペイントガイド図面がメールが送られて来ました。デザイナー李 京 仁 女史の仕事に対する正確さ、センスの良さには毎回ひれ伏してしまいます。その図面を少ない資料を基に頭をひねりながら更にチェックして行なって行きます。先ずED17から始めます。なお身延線のED17担当は大宮工場、飯田線のED17,ED18担当は1970年までは浜松工場、以降は長野工場になります。身延線のED17はカラー写真で屋上の塗り分けが判る写真はほぼ皆無です。そこでユーチューブの動画が頼りになります。素晴らしい動画「国鉄身延線の旧国、ED17など。8mmフィルムから。」ではED17 7号機、5号機がカラー映像により屋上のモニター屋根、取り外し部の塗色が黒では無くブドウ色2号であるのが見てはっきりと確認できます。身延線のED17は車体ブドウ色2号。屋上は私見では絶縁材と思われる少しグレーがかった艶消しの濃い黒。モニター屋根下部及びヘッドライトは半艶黒、モニター屋根取り外し部はブドウ色2号。木製ランニングボードは濃いこげ茶色。台枠、床下及び台車は黒となります。PS14パンタグラフは基部が黒、枠は銀色です。良く調べたところ仙山線のED17も同様でした。大宮の保存1号機は現役時代とは塗り分けが異なるようです。飯田線のED17は幾つかのカラー写真やユーチューブ動画「飯田線のデッカー」が有りヘッドライトがブドウ色2号である以外は同じ塗装で有る事が解かります。この他戦前,甲府機関区のED17は以前制作のED12改造後同様に屋上まで含め黒に近いブドウ色1号になりますが、1950年代から60年代初頭、八王子区のED17の場合は屋根まで含め普通?のブドウ色1号とします。

大宮鉄道博物館に保存のED17 1号機

当店のED18は1970年代に入り担当工場が浜松工場から長野工場へ移り、1972年所属区が中部天竜区から伊那松島区へ移動してからの姿。避雷器はLA15B、側面ドア両サイドの手すりはハンドレイルノブ式から、ただ丸棒を曲げた形態に改造後の姿になります。現在名古屋のJR東海のリニア館にED18 2号機が展示保存されています。担当工場はJR東海浜松工場、この塗装の塗り分けはJR東海トロッコファミリー号時代を表しています。現役時代はパンタグラフ基部黒、枠が銀色。ランニングボードは木製で濃い焦げ茶です。特徴としてED18 1、3号機が台枠黒色なのに対し2号機はブドウ色2号となります。これはユーチューブの動画「日本の電気機関車#2ED18電気機関車」、「飯田線の電気機関車(ED18.ED62.ED19」で現役時代末期の塗色を確認する事が出来ます。

JR東海時代、トロッコファミリー復活塗装のED18 2号機。

ムサシノモデルではED17,ED18の様なブドウ色の機関車モデルにおいても徹底したリサーチを行い、実物誌では先ず書かれない塗装について製品で忠実に再現してまいります。
 

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