ムサシノモデルが韓国で仕事をするために初めてソウルを訪問したのは1994年3月のことでした。明洞等は別にして模型メーカーの有る工場地帯は地元の板橋にも有った昭和30年代の日本の町工場街の様な風情で心情的に懐かしいような不思議な印象でした。高層ビルは漢江沿いに一棟、日本の企業の協力で建てられた保険会社のビルがソウルタワーと漢江の南北で向かい合って目立つ存在でした。ソウルオリンピックから6年、漢江に沿って高速道路が作られていましたが地方に伸びる高速道路はこれも日本の援助で作られたソウルと仁川を結ぶ仁川ハイウェイが一本あるのみでした。黄砂の影響か行きかう車は皆すごく汚れていて町も埃っぽい印象でした。ただ街はこれも日本の昭和30年代と同じように商店街も個人商店が多く人々で大変賑やかで活気に溢れていました。人々は生活がまだまだ上り坂で未来は明るく開けている、そんな感じがしました。今思うと日本の1960年代と同じ感じです。真鍮製鉄道模型製造では今では多くて10人そこそこの工房と呼べるものになっていますが当時は200人に及ぶ人員を抱えるサムホンサ、アジンの2大模型メーカーを筆頭に中小多くのメーカーがしのぎを削っていました。サンホンサとは全く関わりを持つことは有りませんでしたがアジンから真鍮モデルメーカーとして独立したATMのメンバーやアートホビーとはその時以来の付き合いになります。しかしこの27年の間に韓国の都市部は高層ビル、高層マンションだらけとなり高速道路が縦横に走り廻り街も日本と変わらずおしゃれになりましたが当時日本の3分の1であった韓国の平均給与は日本とほぼ変わらなくなりました。ソウルでコンビニ等に行くと物価の高さでは日本は韓国に抜かれています。不動産のバブルは際限なくサラリーマンがワンコインで昼食等全く無理な話です。しかしこれと似たような話は韓国に限った話ではなく中国、ASEANからアメリカ、ヨーロッパ諸国に至るまで同じようなものです。つまり日本だけ取り残されてしまったわけです。フランスやドイツ、オーストリア等に行っても日本人はある程度年配の方ばかりで東洋人で若い人は中国、韓国人ばかりでした。6年前にスロベニアのブレッド湖に行った時もそれまでは日本人観光客が一番多かったが数年前に韓国人観光客に逆転されたとの話でした。ハンガリーのブタペストのホテルの朝食時にとなりの人に話しかけたところ韓国の人であせってしまいました。中国人観光客のガキはビュッフェで並んだ食材を手でつまんでは戻す行為で相方の顰蹙をかっていました。イタリアのソレントでカプリ島に渡るため船着き場で我々日本のグループが船の到着を待っていたところ船の到着間際にやってきたローマからの韓国人カプリ島弾丸ツァーの面々はそのまま船に直行、乗り込んでしまい長い時間待っていた我々は唖然とするしかありませんでした。ミュジアムやオパーではあまり見かけたことはありませんが。まあコロナ禍以前の京都や大阪道頓堀、銀座通りの事を思い起こせば納得です。模型製品を作るうえで韓国が物価上昇で大変なら東南アジアに行けばいいじゃないかという国際感覚0のアホがいますがそれなら勉強がてらあなたが行ってらっしゃいです。ムサシノモデルの製品価格は20年前の倍近くになっています。しかし製品の手間のかけ方は2倍以上です。人件費、社会保険料、食費や光熱費から特に下請け工場からの部品や材料の高騰には開いた口が塞がらない程です。日本での模型部品の価格の推移を見れば同じようなものです。以前オハ32000の雨どいを国内で(韓国では作る技術が無いので)5キロ作ったところ金型25万、製品1キロ挽いてもらって5万円と計50万円掛かっています。短い期間の間にナハ22000の雨どいの時の2倍に跳ね上がりました。部品だけでなく工具も大分値上がりしています。小径ドリルの価格の高くなったことを思い起こしてください。ATMもアートホビーもムサシノモデルも相当努力して価格上昇に対抗しています。しかしやはり中には高い、高いとそればかりの人や、中には細かなあら捜しばかりで帰り際に捨て台詞を吐いていく人もいます。
先日一人のお客様がEF81の様な模型を日本で作ったらどうですか、なぜ作らないのですかとの質問を受けました。まあ工場を借りて、機械工具等を集めても、図面を書く人、加工する人、組み立てる人、塗装する人、その間に入り調整管理する人、下請け業者、全部いません。廃業したメーカーのシステムをそのまま吸収するのと訳が違います。一つの部品が足りないだけで作業は往々にしてストップします。昔国内でキットを製作していた経験からいって一言不可能です。大体EF81を国内で百に、いや万に一つ製作した場合45万円でもとても売れるものではないでしょう(そんなもの誰が買いますか?)。近い将来当店製品は当店で売るだけになると思います。価格を下げるにはそれしか無いからです。
それにしても、日本国内で細々と行っていた模型製造を権謀術により弾き飛ばされて、でも今はそのことに感謝です。

