あら!カルト5 小田急ED1010 怖~いお話

ムサシノモデルの実質最初の製品として発売されたのが小田急ED1010形でした。発売は今からちょうど40年前の1984年4月。巷ではマイケルジャクソンのスリラーが流行っていた頃。私の親父さんが主導してプロデュース。その昔、エッチング版から車体を作り台車は真鍮版を切り抜いて作り、動力はインサイドギャーと云うモデルを自作しています。そんなこんなでこの機関車に思い入れが有り協力者も有ったことからムサシノモデルで製品化する事になりました。実機の取材をしたいと小田急電鉄にお願いしたところ近いうちに検査に入るのでその時は連絡して貰えることになりました。今とは隔世の感が有りますね。取材は1983年の7月、小田急の海老名工場。ムサシノモデルはこの時から既に製品を作る時には実機の取材を行うことを必須としていた事になります。当時パワートラック発売による凸電ブーム真っ盛りでしたがぴったりのホイルベースがないのでのスケールの軸距離の動力を製作。当然のことながらこの機関車に見合った台車のボリュームとなっています。翌年1984年1月春には発売の目途が立ってきたのでTMS 2月号に近日発売の広告を載せました。ところが翌月A社が近日発売の広告を出して来ました。大メーカーが街の小さな模型屋をつぶしにかかって来ました。これにはびっくりガッカリです。色々な噂が飛び交いました。発売後はK模型店、T問屋のW氏の協力を得ましたが他は殆ど無視され大量に売れ残ってしまいました。大手にはかないません。対策として完成品にする事と一部部品を新規に作り西武E21とすることになりました。うちの親父さん責任を感じて所沢の西武鉄道、機関区まで行きましたが資料は残っていませんでした。それでも色々と資料を集め西武E21として発売、完成品では武蔵野鉄道デキカ21も追加。何とかムサシノモデル存亡の危機を乗り越えようと試行錯誤しました。ところが面白いもので月日と共にあれだけ有った在庫が少しずつ無くなり始め10年後には完売となりました。後でA社の先代から直接話を聴くことが有りましたが、速攻で早く製品を発売する目的で機芸社の私鉄電車プロファイルの片野正巳氏の1/150のペン画を1/80に拡大コピーしそれを元に製品を作ったそうです。もっとびっくりしたのは名だたる小田急ファンが全く無頓着だった事です。40年前はまだまだ結構アバウトな時代でした。親父さんこれに懲りてもう製品は作らないとだだを捏ねましたが、ここでやめては男が廃ると今度は私が生産量を小田急の半分にして製作した東武ED5010がまたまた大変なことになり、でもそれを乗り越えて今のムサシノモデルが有ります。



小さな機関車ながらバランスよく台車のボリューム感が良く出ています。

スケール通りの軸距離
 
TMS 2024年6月号99ページの実機写真に似せた角度で。


フォルムが正確なのでディテールアップに十分耐えます。屋根のRもバッチリ決まっています。


こちらは同98ページの写真に似せました。


西武E11と同じ水準でE21や岳南の同型機と一緒にもう一度製品化してうっぷんを晴らしたいです。


韓国で製品を作るようになりED1010の相棒をと作ったトフ君も小田急ファンには人気有りませんでした。
西武のトフをもっと沢山作れば良かったと反省です。

戻る